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仕込みの名水と京名産、京の商人道

第11代玉置半兵衛氏 (株)半兵衛麩 代表取締役会長

麸を作って320年、どうして半兵衛が続いて商売をしてきたかをお話したいと思います。

最初に麸のフルコース むし養いを受講生が頂き、
次々と麸の料理が登場して満腹になり、半兵衛会長のお話がはじまりました。

IMG_3568京すずめ (1).JPG© 第11代玉置半兵衛氏 所蔵創業320年といいますが、私一人が320年商売をしてきたのではなく、11代でやっと320年なのです。麸は有っても無くてもよいような食品で、すき焼きに肉が無かったらできませんが麸が無くてもすき焼きは出来ますし、味噌汁に麸が無くても大根やワカメがあればできます。
 あっても無くてもよい、そんな麸を作って320年、どうして半兵衛が続いて商売をしてきたかをお話したいと思います。
昨日の京都新聞に『京雀』の本のことが掲載されておりました。1600年頃に発行されたもので、京都の地図や、京都の町の名前の由来などが載っている、京都の町を紹介する本で、江戸時代の原本『京雀』が私の家にありましたので、参考までにご覧下さい。京都の町は奥深い歴史が有り、皆様の会と同じ名前の本です。

京料理や地場の醸造品は、京都の水に恵まれてできた

9E34.jpg私の先祖、玉置一族は御所で天皇陛下のご飯拵えや警護をするのが仕事でございました。近衛家から養子に来たり、嫁に行ったり、また平清盛の孫が資平(スケヒラ)と名を変えて養子に入るなど、天皇家の遠籍の者に守ってもらうと安心するからと、身の廻りのお世話を玉置一族がしておりました。
初代の半兵衛も麸の作り方を、御所で覚え商売をしたのが元禄2年です。初代は、家も、金も、信用も、得意先も無い無いだらけで苦労をしました。二代目は、親と嫁さんに商売をまかせて、自分は三味線のお師匠さんをして生活の糧としていましたが、三代目がおかあちゃんを楽にさせたいと商売に励みました。
その頃に京都には、石田梅岩という人が居りました。幼い頃に亀岡から京都へ丁稚に来まして、昼間は働き、夜になると神道、儒教、仏教の本を読み勉強をいたしました。44才の時に、自分は何の為に勉強しているのだろうと考え「人の人たる道」を説く塾を開きました。後に梅岩の弟子、杉浦止斉の話を聞いた三代目が梅岩の教え石門心学に傾倒し、自分の娘二人に梅、岩という名前をつける程となりました。三代目は商売の傍ら先生になり、自分も講座をもつようになりました
三代目は「先義後利」(義を先にして利は後とする)と家訓を定めました。二階の資料室にはその家訓のお軸があります。
義とは、人の正しい道を先にして、利は強欲、名誉欲、肩書きは後にしなさいと言うことです。人をだましたり、嘘をついてお金儲けをしてはいけない。人様のお役に立って、その代償として利益をいただくのが真の商売や。たとえば、お腹痛をおこしてから、富山まで薬を貰いに行っていたら、間に合わない。先に富山まで行って薬を買ってきて、店に置いてあれば要る人にすぐに渡せば、すぐ治る。助かった~、と。
 人様のお役に立つ事が出来た代償としてお代をいただくのが商売の基本です。だからお侍さんが禄を貰うのと同じく、人様のお役に立った代償としてのお金は、商人の誇りとして堂々と貰いなさい。これが梅岩の商人道の訓えです。
三代目はその梅岩の訓示を四代目に伝えました。四代目から五代目へと、次々と実生活の中で口で訓え、伝わってきました。私も先代の父や祖父から訓えられました。私も次の子や孫に訓えるのですが、忘れるといけないと口伝えの訓えを紙に書いておりましたら、自分の子供にだけ教えていてはあかんと言われ、京都新聞社から本にして出版いたしました。父の口癖『あんなぁ よおぅききや』を本の題名にいたしました。その本を読んだ人から「これは、梅岩の訓えではないか」と聞かれ調べてみたら、代々、梅岩の訓えを口伝えしていたのですが、父の口から梅岩の訓えとは聞いておりませんでしたが、押入れのつづらの中から当時の梅岩ゆかりのものが出て来て、やっぱり石門心学だったと判ったのです。この石門心学の訓えを実践されてきたのが、亡くなられたナショナルの松下幸之助さん。京セラの稲盛和夫さんです。
長い間商売をしていて、いつも順調ばかりではありません。日照りがつづき井戸水が枯れた時が、江戸時代の末にありました。麸つくりに水は大切です。水なしでは商売はできません。井戸屋さんも忙しく来てくれず、とうとう自ら、三日三晩食事をとらず、潔身をして井戸の中に入り追い堀りをして水を得て、商売をつづけた事がありました。その宗心と言う当主は、自分の死を悟った時に、井戸への御礼と、子孫が代々商いを無事に出来るように祈願をしたいからと、井戸の横にゴザを敷き座禅を組んでおりました。家族皆が畳の上で~と、願ったのですが「生まれてきたのも一人。死んでいくのも一人。あの世でご先祖さんに会えるわい。何も寂しいことはない。」と井戸の横で座禅を組んだまま、死んでいった人でした。
その子孫の為に祈願した井戸は道路拡張で無くなり、この度、顕彰する意味から井戸を掘りました。ポンプではなく釣瓶で汲みあげる井戸です。京都の街の下には琵琶湖と同じ位の大きな水瓶が有るといわれていますが、井戸を掘って判ったのですが、水は溜まり水ではなく、鴨川と同じ位のスピードで流れている大きな川でした。
京都の地下水は、花崗岩、白川砂、粘土の間を通り抜けていますから天然の浄水場のようで、鉄分のない軟水で水が柔らかいのです。麸つくりに適して、ねばりのあるきめの細やかな麸が出来るのも京都のやわらかな水のお陰であります。豆腐、ゆば、日本酒つくりに合っていて伏見の酒は女酒と喜ばれていますのも、全て地下水のお陰です。関東方面の水は、土壌が火山灰ですから硬水です。軟水の京都の水では昆布出汁はよくでますが、かつを出汁は余り出ません。関東の硬水はかつを出汁はよく出ますが、昆布出汁は出ないですから濃口醤油を使います。関西は薄口醤油の方がよく合います。これも地方性のある食文化でしょうね。
京都の地下水は金気がありませんから、麸をつくる時に出来る小麦澱粉も真っ白で、糊にして表具に使ったらいつまでも白いままなのは、金気が無い為に錆が出ないから。表具屋さんも喜び、京都の文化はお互い「持ちつ、もたれつ」なのです。
江戸時代から宮内庁に納めていた頃の賜り物や石田梅岩の関係の古文書、書籍和本などが二階の資料舘に展示してございます。どうぞご覧下さいませ。


質問コーナー

━━━パイオニアの頃と今

  • 始めて商売をした人と、後を継いだ人の苦労の違いを問われていますが、初代は初代の苦労が有り、二代目は二代目としての苦労が、三代目は三代目なりに代々苦労は盡きません。「伝統」とは継いでいくものとよく言われますが、「伝統」とは潰していくもので革新の連続です。「伝統」と「伝承」は違います。
  • 私の父が一番気に入らないのが老舗(しにせ)という言葉です。老いたら死にます。老いた舗(みせ)は無くなります。父の教では「しにせ」ではなく「しんみせ」(新舗)やといいます。一代一代が自分で新しい店をきり開いて行く。新しい商売の仕方を、お客様の喜ぶ新しい麸をつくり出していくことが大切やと教わりました。
  • 一代一代は、電車の一台一台と同じや。その一台(代)づつを連結器で繋がっているのや。その繋がっているのが家訓の「先義後利」の訓えや。
  • 江戸時代は小麦を石臼で挽きました。今は精白小麦です。同じ事が出来ないのが流れです。松尾芭蕉の言葉に「不易流行」―ものの本質を変えず時の流れに合わすがあります。一代一代が自分なりに生きていますが、商いの本質、先義後利は替えません。
  • その代その代が苦労で、楽な代はありません。

━━━子供の頃、夢はありましたか

  • 小学生の頃は戦争の真っただ中で、兵隊さんになって死ぬことが夢でした。次に商売が出来ない戦中の苦労を知っているから、商売人でなくサラリーマンに~、法律家に~なるのが夢でした。「代々続いてきた麸屋を継いで、たて直してくれ」と、生んでくれた親に頭を下げられたら、断れず、麸屋を一生の仕事にしようと決心しました。

━━━会長様のお考えを社員の方にどの様に教えられるのですか

  • 不思議なことに先輩社員が「ここはこうやから~」と社員が教え研修していく。私は月に一回、勉強会をしています。商売の話や、経営、会社の話だけではなく、人の生き方、生命の大切さを、論語や諺を交えて話します。社員同志が研鑚していき、信じ合える社員づくりをめざしています。

京すずめへのメッセージ

「京すずめをたずねて」   首都大学東京 都市環境学科 教授 秋山哲男様

土居さんの企画により京都2泊3日で23ヶ所を訪問したのは30年間でまったく初めての経験でした。私は京都にはすでに10回は行きましたが、今回の京都の旅は、京都ではない京都を見せていただきました。もし、土居さんの企画がなかったら、表面しか京都を知らないでいたかもしれません。
 最も印象に残ったのは、なんと言っても1日を過ごさせて頂いた嵐山の裕斎先生のところでした。先生が染物でプロを感じさせる染料で少し汚れていた手を見ながら、お酒を酌み交わし、居眠りをしながらお話を伺っていました。
 外の花を見ながらの心地よい夜でした。また、水禽窟のトイレや美味しい水、そして嵐山の落ち着いた風景などは、日常的に飛び回っている私には時間を止めて頂いたように思います。ここ10年まったく経験していなかった「立ち止まって考える」そんな時間が今回の京都では持てたように思います。
 もう一つは京すずめと土居さんのバイタリティ、特に「水」をモチーフとして京すずめ学校の企画は迫力があり、本当に「語れる人」に語ってもらう、土居さんの姿勢からは「妥協しない意味」を教えて頂きました。私も次に企画するときは土居さんを真似しようと思いました。
 2ヶ月たってもまだ京都のまち・人・体験・食事が懐かしく思います。ここ2週間講演依頼など幾つかきましたが、京都市からの依頼は真っ先に引き受けました。

(京すずめ瓦版 9号より)

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講座概要
仕込みの名水と京名産、京の商人道
(第63回京すずめ学校 京都名水物語)
 日 時 2010年10月31日14~17時
 場 所 半兵衛麸本店茶房 
 講 師 第11代玉置半兵衛氏 (株)半兵衛麩 代表取締役会長
 U R L  http://www.hanbey.co.jp/top.html