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~鴨川の仕込水復活のドラマ~ 洛中最古の酒蔵と江戸時代の水弘所フィールドワーク

創業以来280年間守り続けてきた日本酒造りの伝統

今回訪問させていただいた松井酒造の酒蔵「鴨川蔵」は、洛中に現存する2軒の酒蔵うちの1つであり、2009年に太陽光発電やサーマルタンクを用いて精密な温度管理を可能とする設備などの最先端設備を備えた酒蔵として復活したものです。
現在では、京都の日本酒といえば、「伏見」を連想される方も多いかと思いますが、室町時代には、洛中に350軒もの酒蔵が存在しておりました。その後、伏見桃山城が建立された時期から江戸時代に入り、毎日300漕もの船が出入りする、淀川海運の一大物流拠点として機能していた伏見への移転が始まり、第2次大戦後の阪急、京阪、京都市営地下鉄の工事を受けて地下水脈が変化したことを受けて、松井酒造をはじめとする大半の酒蔵が洛中から伏見へと移転した結果であります(松井酒造も1970年代に一時伏見に酒蔵を移転)。

 今回の京すずめ学校では、この松井酒造を訪問して、創業以来280年間守り続けてきた日本酒造りの伝統とともに、最先端技術も導入した京都ならではの「先取の精神」を拝聴しました。また、それに先立ち、集合場所となった出町柳駅から「鴨川蔵」まで鴨川に沿って移動し、理事長の土居好江によるフィールドワークも行いました。
 以下で当日の概要を記載します。文責 角森一博


鴨川と地下水なくしては京都の歴史は語れない

鴨川フィールドワーク

IMG_5222.JPG平安京遷都以降、京都の市街地が内裏のあった現在の千本通の辺りから徐々に東へと移っていった理由は、この鴨川と良質の地下水の存在がある。
・現在の川幅は100メートル程度であるが、その昔は300メートルもあり、鴨川東側にある縄手通りが土手であったという記録も残っている。
・このように、大都市の中心部を緩やかに大河が流れている事例は非常に珍しい。
・また、京都は、桂川付近に住みつき、平安京造営の中心的な役割を果たしてきた秦氏や、この鴨川を鎮め、上賀茂神社、下鴨神社の氏神となった賀茂氏に見られるように、古来より、当時の難民ともいえる渡来人を受け入れていた開放的な都市でもあった。
・この鴨川や、琵琶湖の貯水量に匹敵する地下水(伏流水)の存在が、日本酒や味噌、麩といった京料理や京友禅産業の形成を可能とした。
・その水質の良さを象徴するエピソードとして、江戸時代には「賀茂河水弘所」(かもがわみずひろめところ)という場所があり、樽に入れて大阪へと運び名水、いわば「ミネラルウォーター」として販売されていた。
・しかしながら、第2次大戦後の阪急、京阪、京都市営地下鉄の工事により、水脈が大きく変わり、それに伴い水質も劣化してしまい、そのため、今回訪問する松井酒造も一時伏見に酒蔵を移転することとなった。
・また、鴨川は上流から大きな曲線を描いて市街地に流れているが、これは人工的に掘削したためというのが定説とされていた。しかしながら、環境考古学の研究成果により、太古の時代から曲線を描いていたことが判明した。
・さらに、今回の集合場所である出町柳駅が面している今出川通という名前も伏流化した中川から「今出てきた」のに由来することが源氏物語にも記載されているなど、この鴨川と地下水なくしては京都の歴史は語れないことが分かってもらえると思う。


喜びを増すという日本酒の効果が表れた会となりました

松井酒造「鴨川蔵」

IMG_5277.JPG参加者は2班に分かれて、松井酒造の歴史と酒造りに込めた思いを紹介するDVDを鑑賞するとともに、太陽光発電を採用するとともに、サーマルタンクを用いて精密な温度管理を行う最先端酒蔵をして生まれ変わった「鴨川蔵」を見学した後、講演を拝聴させていただきました。
 まず、代表取締役の松井八束穂(まつい やすかほ)氏の歓迎の挨拶に始まり、杜氏の道高良造(みちたか りょうぞう)氏から本物の酒造りに込めた決意が語られた後、松井酒造の15代目で専務取締役の松井成樹(まつい しげき)氏から「賀茂川の仕込み水復活のドラマ」についての講演が行われました。
 講演終了後は、質疑応答を経て終了、となるところが、途中から松井酒造の銘酒や「鴨川蔵」復活を現実のものとした地下60メートルからわき出すまろやかな地下水が参加者に振る舞われ、参加者と松井酒造の皆様、さらには参加者同士の交流も進み、まさに、喜びを増すという日本酒の効果が表れた会となりました。

道高氏(石川県珠洲市の杜氏組合から2009年より派遣)

IMG_5311.JPG日本酒(清酒)は、神代より親しまれてきた「国酒」と呼べるものであり、我が国の文化を象徴する飲料でもある。
・近年では、ビールやウィスキーといった洋酒や焼酎に押され気味であり、また、本来の日本酒造りには米、麹、水が必要であるにもかかわらず、品評会でいい成績をとるために、米以外の原料を使うようになってきた。そのような日本酒は1口、2口の口当たりは良いがそれ以上はのどを通らない。
・だが、ここ松井酒造では「そのような酒は造るな!」と厳しく言われてきたし、この鴨川蔵では「まがい物」は絶対に作らない。
・「日本酒は体に悪い」と言われているが、毎日1~2合の日本酒を飲む人は長寿であることも証明されている。
・日本酒は美味しいから飲みすぎる。1日1杯の日本酒をお猪口で飲むと体調もいいし、翌朝の肌のつやもいい。

松井成樹(まついしげき)氏

IMG_5307.JPGプロフィール紹介
昭和53年、松井酒造の15代目として生まれる。現在32歳。
慶應義塾大学法学部卒業。同大学大学院law school卒業。専門は刑事法。
大学院卒業後、家業である酒造りの道に入る。
醸造に関しては全くの素人であったため、酒に関する本を読み漁り、伏見 の酒蔵で修行。
鴨川蔵誕生以後は、能登杜氏・道高良造の指導を受ける。
現在、松井酒造株式会社専務取締役


・松井酒造は、1726(享保11)年に現在の兵庫県香住の地で創業した。当時は北海との交易で生計を立てており、日本酒を現在の千歳近辺に運び海産物と交換していた。(その名残が「京千歳」「富士千歳」という銘柄に表れている)
・幕末期に現在の河原町竹屋町に移転した後、京都市電の拡幅工事を受けて、大正時代の末期にこの地に酒蔵を設置した。
・1970年に水質の変化を避ける形で、伏見に酒蔵を移したものの、2009年11月に地下60メートルまで掘り進めて湧き出てきた地下水を利用する形でこの地に戻ってきた。
・「伝統」とは革新的であり続けた結果伝えられるものと考えている。この「鴨川蔵」には、二重構造のサーマルタンク(周囲に冷水を回している)や機械を用いた精密な温度管理、酒蔵を監視する制御盤、太陽光発電といった設備を取り入れた。
・日本酒を取り巻く環境が厳しい(後述)ことから、鴨川蔵の復活に対して周囲は反対したが、お客様の声と父親(先代)の熱意が導いたものであり、先代は老後の資金を全て費やしたと聞いている。
・「酒造りの工程は、米を洗って(1時間程度)蒸す。その後、放冷させ、麹室で麹菌を繁殖させ、総破精(そうはぜ)麹、突破精(つきはぜ)麹を作り、それらを用いて米を糖化させる。酒母は酵母のかたまりであり、その後の醪につながる大切な工程である。醪では、1か月程度をかけて発酵を進め、その後、搾り、ようやく清酒が完成する。 」
・当社で販売している甘口の甘さは、米そのものが持つ甘さである。
・また、「美酒日輪之如」の精神に基づき、ホームページにも掲載しているとおり、喜びの席、悲しみの席、人生の節目に当社の清酒がお供出来ることに誇りを感じ、お客様がほっと一息つけるような、そんな会社でありたいと思っている。
・当社の銘柄で一番のお勧めである「神蔵」は、転生の酒であり、神より授けられし至高の一滴として、松井酒造の全ての技術で挑戦し続ける酒である。
・京都の地下水は軟水であるため、「女酒」と呼ばれる甘口となる一方、神戸(灘)の水は硬水であるため、「男酒」と呼ばれる辛口となる。
・現在、アルコールそのものを敬遠する傾向に加え、ビールやウィスキー、焼酎の進出を受けて、全アルコール消費量の7%にまで低迷するなど、日本酒を取り巻く環境は非常に厳しいが、京都という都市の特長である「進取の気風」をお見せして、本物の日本酒造りに責任を持ち続けることがお客様からの信頼を得ることにつながると考えている。
・「この酒蔵を出るまでは絶対に品質を劣化させない!」という思いを込めて日本酒を作っている。
・「鴨川蔵」の特長は、低温発酵でじっくりと発酵させることであり、昔は酒蔵に氷を敷き詰めていたが、サーマルタンクを用いている。
・その他、紫外線を避けるためのLEDライトや、環境都市である京都らしく太陽光発電といった最先端の技術を取り入れる一方、麹、酒母、もろみは、全て杜氏が手作りで対応している。「手」を通じて作り手の心が伝わると考えている。
・また、作り手が直接アピールした方が当社の酒の良さを伝えやすいとの理念に立ち、
営業部門と製造部門を分けていない。
・世間の好みに合わせて、麹の量を抑えて、欠点が少なくバランスの取れた「綺麗な」
日本酒づくりに走る傾向が強まっているが、当社では「雑味こそ旨み」との理念に
立ちで麹の量を抑えることはしていない。
・その国の料理にはその国の合うはずである。日本料理でもてなす際、日本酒は主役ではなくて脇役であるべきだが、日本酒が加わることで、料理にも季節の旬の食材を取り入れようと工夫を凝らし、結果として食生活が豊かになるのではと考えている。
・人々の悲しみを癒し、喜びを増すもの、それが日本酒であってほしい。


質問コーナー

━━━参加者からの質問に対して

  • 始めて商売をした人と、後を継いだ人の苦労の違いを問われていますが、今後は自社銘柄の宣伝にも力を入れていきたい。ただし、首都圏では伊勢丹(中店、新宿店)に納入しているが、規模の大きさを求めることはせず、あくまでも手作りの良さを忘れないようにしたい。

文責 角森  

松井酒造記念写真.JPG

IMG_5312.JPG

講座概要
~鴨川の仕込水復活のドラマ~洛中最古の酒蔵と江戸時代の水弘所フィールドワーク
(第64回京すずめ学校 京都名水物語)
 日 時 2010年12月12日 午後1時30分~4時
 場 所 松井酒造株式会社 左京区川端一条東入ル
 講 師 松井成樹氏(松井酒造株式会社専務取締役 SSI認定利酒師)
 U R L  http://matsuishuzo.com/